最近の日本史の教科書を目にしていないから実態は良く分からないが、少なくとも僕の世代含めて年上の人間にとって、網野善彦が示す日本社会の歴史は非常に刺激的だ。学校で教わるレヴェルの日本史は基本的に政権交替の流れを追いかけるものだ。それはもちろん重要なことではある一方で一面に過ぎないのも事実だ。本当に社会を動かしていたのは圧倒的多数の「その他大勢」であり、そこには各々が生きるための営みが存在し、それは経済や流通、生産といった活動として現れる。
これらの活動を軸に日本社会を捉え直すと、これまでとは全く異なる「日本史」が僕たちの前に姿を見せるのだ。僕は前に<異形の王権>や<日本の歴史を読み直す>など、ごく僅かだが網野の著作に触れてきたが、この<日本社会の歴史>のシリーズも新鮮だ。
下巻は後醍醐天皇から20世紀までを扱う。彼の専門が中世だから近世以降はやや駆け足気味になるのはやむを得ないけれど、やはり面白く読める。特に、北東アジアの海上交通の要所としての日本列島の位置づけ、それに伴う周辺諸国との行き来、経済活動の進化などが非常に興味深い。
日本は伝統的に農業を基本とした社会であるということが、いかに一面的で近視眼的な歴史観に基づいたものであるかがよく分かる。この点は、明治以降日本という国家が辿ってきた道の意味を問い直す上で重要なことなのである。