短編である。多分、草稿段階のものは実際に数時間で書き上げたのではないだろうか。
僕は未だ父親になったことはない。結婚もしていないし、まあ最もそれ以前に恋愛感情を注げるような相手も現在は居ない(笑)。
有島の妻は結核の長患いの後、有島と幼い3人の子を遺して世を去った。残された有島は苦しんだ。しかし同時に父としての愛情も芽生えていた。
「私はお前たちを愛した。そして永遠に愛する。(中略)お前たちを愛する事を教えてくれたお前たちに私の要求するものは、ただ私の感謝を受け取って貰いたいという事だけだ。」
こういう言葉に宿る心は、未だ親ではない僕ですら理解できる。
そして一人の人間として有島は告白する。
「私は鋭敏に自分の魯鈍を見貫き、大胆に自分の小心を認め、労役して自分の無能力を体験した。私はこの力を以て己を鞭ち他を生きる事が出来るように思う。」
これは彼の妻が気付かせてくれたものだと言うが、全く彼女だけの力ではなかったはずだ。弱さを認める事は決して有り難いことではない。しかし、それを認めた上でないと先に歩んでいけない人間は、居る。僕は分かる。
妻の死と子供たちに愛情を注ぐ事で、有島は大きく歩き出そうとしていた。
「私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽くすだろう。私の一生が如何に失敗であろうとも、又私が如何なる誘惑に打負けようとも、お前たちは私の足跡に不純な何物をも見出し得ないだけの事はする。きっとする。」
この勇気。
新潮文庫でわずか20ページほどの文章である。真から出たことばで埋め尽くされた20ページである。