松濤美術館に行った。何年かぶりの訪問だが、ここは僕の好きな美術館だ。渋谷の東急デパートからまだ坂の上の方だから、渋谷駅からだと鬱陶しい繁華街を通らなければならないのでそれは我慢なのだが。
アメリカのミネアポリス美術館が所蔵している浮世絵コレクションの里帰りという格好での展覧会である。北斎の<富嶽三十六景>の<神奈川沖浪裏>や<山下白雨>、広重の<江戸名所百景>の<大はしあたけの夕立>、写楽の<市川蝦蔵の竹村定之進>といった有名どころが出ている。これまでに何度かは観たものもあるが、状態が非常に良いようで、色も鮮やかで綺麗だ。
そうした作品はもちろん良かったのだが、今日の僕は鈴木春信にピンと来た。浮世絵の展覧会に行くと、どうしても上述したような全盛期というか爛熟期というか、そういう江戸時代後期の作家たちに僕は目が行ってしまう。だから春信のような江戸中期の作家たちがどうにも楽しめなかった。今回出ている作品が春信の中でどのくらい優れたものなのかはよく知らないのだけれど、彼の描く美人がそのとおり美人に見える。
彼の<座舗八景>のシリーズにある<扇の晴嵐>を観ていたら、ふと思った。そっくりという意味では決してないのだが、江口のりこを思い出した。つい数日前にスクリーンで彼女を観たから、というせいもあるのかもしれないが、あの輪郭や目鼻の付き方が何か春信の美人に通じるように思えたのだ。
歌麿の描いた美人はデフォルメ具合がけっこうきついから、頭の中で一回変換し直さなければならない。春信はそのまま受け取れる。顔付きのバランスが良いのだ。一方で手足とのバランスは取れているとは思わない。手と顔の大きさを比べれば分かる。だが、そのポーズのしなやかさ、あるいは着物が描く曲線といった、全体のバランスとして観た場合、違和感を覚えないのである。夢二美人というのがあるように、春信美人というのがあるのだろう。
これだけ楽しませてもらって入場料は300円である。やはり公立の美術館はかくあるべし、である。